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横浜地方裁判所 平成5年(ワ)3622号 判決

原告

大隅圭子

被告

山崎一雄

主文

一  被告は、原告に対し、一〇〇万円及び内九〇万円に対する平成五年一〇月二六日から、内一〇万円に対する本裁判確定の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  右一は仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告は、原告に対し、一八二万八五〇六円及び内一六六万二二七九円に対する訴状送達の翌日から、内一六万六二二七円に対する本裁判確定の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言

2  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  交通事故の発生

平成四年六月一二日午後一一時三五分ころ、神奈川県横浜市南区高砂一―一先の信号機の設置されている交差点において、訴外岩上美樹(以下「岩上」という。)が運転し、原告が助手席に同乗していた普通乗用自動車(横浜七〇せ二九九三。以下「被害車」という。)が赤信号の表示に従つて交差点手前で停止していたところ、被告の運転する普通乗用自動車(横浜七七り七八一。以下「加害車」という。)がこれに追突した。

(二)  責任原因

被告は、加害車を自己の運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償すべき責任を負う。

(三)  損害

(1) 原告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を負い、平成四年六月一六日から平成五年三月二二日までの間、横浜南共済病院で通院加療(通院実日数一六日)を受けたが、平成五年三月二二日症状が固定し、後頸部痛、吐き気、頸椎伸展障害、右握力低下(右二二×左三〇・五キログラム)の後遺障害が残つた。同後遺障害は、労働者災害補償保険法施行規則一四条別表一の障害等級一四級に該当する。

(2) 右による原告の具体的損害額は、次のとおり、合計一八二万八五〇六円である。

〈1〉 傷害慰藉料 三三万円

通院期間を二か月とした金額であり、これを下回ることはない。

〈2〉 後遺症慰藉料 九〇万円

原告の後遺症は右のように一四級に該当するから、これに対する慰藉料としては九〇万円が相当である。

〈3〉 逸失利益 四三万二二七九円

原告は、平成四年七月から訴外東京セキスイツーユーホーム株式会社に勤めて現在に至つている。平成四年八月から平成五年七月までの一年間の給料等は三一六万五七二一円である。そして、一四級に該当する鞭打ち症の後遺障害が残つた場合、労働能力喪失率を一〇〇分の五とし、労働能力喪失期間は三年を一応の目安とするのが相当であるから、原告の逸失利益は、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して現価に引き直すと、次の計算のとおり、四三万二二七九円となる。

三一六万五七二一円(年収)×〇・〇五(労働能力喪失率)×二・七三一〇(三年に対応する新ホフマン係数)=四三万二二七九円

〈4〉 弁護士費用 一六万六二二七円

(四)  まとめ

よつて、原告は、本件事故による損害賠償として、被告に対し、一八二万八五〇六円及びこの内弁護士費用を除いた一六六万二二七九円に対する訴状送達の翌日から、弁護士費用の一六万六二二七円に対する本裁判確定の翌日からいずれも支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

2  請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)(二)は認める。

(二)  同(三)について

(1)は、原告主張の後遺障害が労働者災害補償保険法施行規則一四条別表一の障害等級一四級に該当するとの点は否認し、その余は認める。なお、右後遺障害については、自動車保険料率算定会の横浜調査事務所における事前認定手続で「非該当」との結論が出されている。

(2)は、不知ないし争う。

3  被告の主張

本件事故は、信号待ちをしていた被害車の後ろに一旦停止した加害車が、被害車が発進すると思つて発進したところ追突したというもので、これによる被害車の修理費用も消費税込みで六万三九二二円にすぎない軽微なものである。そして、岩上については、平成四年六月一六日から同年八月五日までの間における実通院日数一二日の通院で特に問題もなく治療が終わり、既に示談も済んでいる。

原告は、加害車の付保険会社からの示談案に対し、後遺障害の存在を主張してこれを拒否している。しかし、原告主張の後遺障害の症状は、他覚的異常所見を伴わない自訴を中心とするものであり、自動車損害賠償保障法施行令別表の後遺障害等級のいずれにも該当しない。自賠責保険後遺障害認定書(乙第一号証)によると、原告に軽度の頸椎可動域制限等のあることが窺われるが、通常、それが就労に及ぼす影響は極めて軽微と解されているのであり、その職種が特に背骨あるいは頸部に著しく負担がかかるような特異なものである場合は格別、そうではないと思われる原告について、主張のような就労への影響、ひいてはそれによる損害は認められないものというべきである。

4  被告の主張に対する原告の反論

被告は、岩上について云々するが、運転者は、停止中も常時バツクミラーを見ているため、追突される直前にこれを察知し、本能的に防御態勢をとるので、同乗者に比べて軽傷であることが多いとされている。したがつて、岩上の受傷の程度等と原告のそれとを比較するのは妥当でない。

また、被告は、原告の後遺障害について他覚的異常所見を云々するが、鞭打ち損傷には多彩な症状が出現するのであり、原告主張のような症状はいずれも鞭打ち損傷の典型的なものとして医学的に証明されている。右の症状が他覚的異常所見でないことを理由に後遺障害の存在を否定するのは短見である。なお、横浜調査事務所の後遺障害等級認定は、患者(被害者)を直接診察した結果ではなく、大量処理を要する短時間の書面審査によるものである。そして、原告の後遺障害は、交通事故傷害の治療の専門病院として有名な横浜南共済病院において、直接治療に当たつた経験豊かな医師によつて一四級に該当すると診断されているのであり、この診断は十分信用し得るものである。

三  証拠関係

記録中の書証目録・証人等目録のとおりである。

理由

一  請求原因(一)(二)は当事者間に争いがない。したがつて、被告は、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故による原告の損害を賠償すべきことになる。

二  そこで、請求原因(三)の原告の損害について判断する。

1  原告が本件事故により頸椎捻挫の傷害を負い、平成四年六月一六日から平成五年三月二二日までの間、横浜南共済病院で通院加療(通院実日数一六日)を受け、平成五年三月二二日症状固定となり、後頸部痛、吐き気、頸椎伸展障害、右握力低下(右二二×左三〇・五キログラム)の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残つたことは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第五号証及び乙第二号証によれば、原告の治療に当たつた右病院の戸口淳医師は、原告訴訟代理人の弁護士法二三条の二に基づく申請による照会請求に対する回答において、「原告には、本件後遺障害がある。それは、労災補償障害認定必携の障害等級認定基準によれば第一四級に相当すると思われる」旨述べ、また、被告訴訟代理人の右同様の照会請求に対する回答において、「〈1〉 初診時の傷病及びその程度等は、『頸椎捻挫(頸部痛及び頸椎伸展制限)で、神経学的には特に問題はない。症状としては中程度と思われる。レントゲン上は特に所見はない』、〈2〉 最終診断時における症状は、『自覚症状は、後頸部痛・吐き気・頸椎伸展制限であり、他覚的所見は、軽度頸椎可動域制限あり、反射は正常、右前腕軽度痛覚鈍麻、右肩甲部圧痛あり、右三角筋・上腕二頭筋に僅かな筋力低下あり、握力は二二×三〇・五キログラム(右きき)』、〈3〉 右の最終診断時における症状の就労に対する影響は、『長時間の同一姿勢(コンピユーター等)をとるような仕事は望ましくないが、症状として自覚症状が主体のため、就労は可能と思われる』」旨述べていることが認められる。右によれば、本件の判断において、本件後遺障害をいずれかの障害等級に格付けしなければならないわけではないが、強いていえば、本件後遺障害は、それ自体は、自動車損害賠償保障法施行令別表の一四級一〇号「局部に神経症状を残すもの」に該当するか、もしくはそれに準ずる程度のものと認めるのが相当である。被告は、本件後遺障害は、他覚的異常所見を伴わない自訴を中心とするもので、右別表の後遺障害等級のいずれにも該当しないと主張し、成立に争いのない乙第一号証及び弁論の全趣旨によると、本件後遺障害については、いわゆる事前認定手続において「非該当」との結論が示されていることが明らかである。しかし、一般に、医学的に証明し得る精神神経学的症状は明らかでなくても、頭痛、めまい、疲労感などの自覚症状が単なる故意の誇張ではないと医学的に推定されるものも、右の「局部に神経症状を残すもの」に該当すると解されているのであり、事前認定手続において「非該当」との結論示されていることは、右の判断を左右するものとはいえない。

2  右1の事実に基づいて原告主張の具体的損害額を検討すると、次のとおりである。

(一)  傷害慰藉料

傷害の内容及びその治療のための通院期間・通院実日数等に鑑みると、三〇万円をもつて相当と認める。

(二)  後遺症慰藉料

原告本人尋問の結果により成立を認める甲第六号証の一ないし一四、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は、現在二四歳の女性で、東京セキスイツーユーホーム株式会社に勤め、主に電話の対応などの事務に従事しているところ、現在でも時々気分が悪くなつたり、吐き気を感じたり、あるいは上を向く姿勢をとると首が痛み、その姿勢を続けられないなど、日常生活上、時には不都合を感じる場合があることが認められるが、一方では、本件事故の四、五か月後からは事故前から始めていたテニスやゴルフも再開し、自動車の運転も行うなど、ほぼ通常の社会生活を送つていることもまた認められる。本件後遺障害の内容・程度と右のような事情等を総合勘案すると、後遺症慰藉料としては六〇万円をもつて相当と認める。

(三)  逸失利益

前掲甲第六号証の一ないし一四、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故後の平成四年七月から前記東京セキスイツーユーホーム株式会社に勤め、主に電話の応対などの事務に従事してきているところ、本件後遺障害によつて、支給される給与及び昇給面でこれまで何らの不利益を被つておらず、今後も特段のことがなければ不利益を被ることはないものと認められる。このような事情と、本件後遺障害が前記のようなもので、その程度が比較的軽微であることを考え合わせると、原告について労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害としての逸失利益は、これを認めることができないというべきである。

(四)  弁護士費用

本件事案の性質・審理の経過、その他諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は、一〇万円をもつて相当と認める。

3  以上の次第であるから、本件事故による原告の損害は一〇〇万円である。

三  よつて、原告の本訴請求は、被告に対し、一〇〇万円及びこの内弁護士費用に係る分を除く九〇万円に対する訴状送達の翌日である平成五年一〇月二六日から、弁護士費用に係る一〇万円に対する本裁判確定の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余は失当であるから、民事訴訟法八九条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 根本眞)

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